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セルフ・コンパッションと新型コロナウイルス感染症(COVID-19)

セルフ・コンパッションと新型コロナウイルス感染症(COVID-19) クリス・ガーマー&クリスティン・ネフ Center for Mindful Self-Compassion 共同開発者 世界80カ国以上でコロナウイルスが拡大し、誰でも何らかの影響を受けています。旅行・移動は取りやめになり、日用品の在庫は払底し、学校や職場は一時休校・休止になり、さらにはネット通販で手指消毒液が一本250ドル(訳注:日本円でおよそ26,000円)もの価格になっています。私たちに関わるところでは、クリスが香港で指導予定だったMSCプログラムは、実施会場が検疫所となったために中止されました。クリスティンは、息子ローワン(訳注:幼い頃に自閉症と診断)が学校に行くのを不安がり、これを鎮めなければならなくなりました。疫学の専門家はこの状況の背景や原因を理解しようとしていますが、多くの疑問が残ります。どうやったらウイルスの拡大を遅らせることができるのか?このグローバルな流行の影響はどうなるのか? ここでのキーワードは「グローバル」です。地球温暖化、経済的不平等、そして今回のウイルス拡大など、私たちは世界で多くの問題に直面しています。ウイルスの拡大にともない、物資供給の流れが破綻することで産業活動と国際的な移動が停滞しているのです。つまり、新型コロナウイルスからわかるのことは、私たちがいかに相互に依存しているかということです。 グローバリゼーションとは、ファクト(事実a fact)です。これに対して取りうる唯一の選択肢とは、私たちがこの問題をともに解決するかどうかです。私たちは、この選択肢とは、恐れつつ反応するか、優しさで応じるかのどちらかだと考えています。 新型コロナウイルス感染症の問題をきっかけに、国境封鎖を強化する政策を打ち出す民族主義的な人もいます。しかし国境を越えてこの問題を解決しようとしている人もいます。例えば、ハーヴァード大と中国の科学者は新たに協働して、新型コロナウイルス感染症のワクチンを開発しようとしています。 では、私たちひとりひとりは何ができるのでしょうか?ここで出てくるのがセルフ・コンパッションです。セルフ・コンパッションは免疫力を高め、不安を低減し、他者に心を開き続けるための簡単な方法です。当然ですが、恐怖感への対策とはウイルスの拡がりに対して健全に反応することです。今回のウイルス拡大に賢く反応して欲しいのです。こうすることが、自分と他者のためになる予防的な対策となるのです。 新型コロナウイルス感染症の場合、ウイルスに感染しないための対策は、他者に配慮することです。仕事や移動に制限がかかったり、収入が減ったりするなど、ウイルスが無用な不安を引き起こしたり、あるいはあなたの知っている人がウイルスに既に感染していたら、セルフ・コンパッションが役に立ちます。新型コロナウイルス感染症の流行にセルフ・コンパッションで応じるには、下記のようにやってみてはいかがでしょう。「セルフ・コンパッションを使ったひと休み」Self-Compassion Breakのやり方を元にしています。 マインドフルネス: ウイルスのことをどう感じているかに意識を向けてみます。不安を感じていませんか?がっかりしていませんか?よくわからず混乱していませんか?身体で感じることはありますか?もしあれば、それは身体のどこにありますか?ずっとウイルスのことで頭がいっぱいになっていませんか?もしそうなら、どんなことを考えますか?自分のために、その考えや気持ちに、優しく理解をもちながら認めることができますか?例えばこんなふうに。「うん、これは大変だな」「これは難しいことだね」「これは本当にストレスたまるよ」 この状況はみんな経験しており、自分はその一部なのだとわかれば、自分の気持ちから少し距離をとることができますか? 共通の人間性: ウイルスと闘っている人たちのニュースを耳にすれば、これは自分ひとりのことではなく、世界中のみんなのことで自分はその一部なのだと少しは感じることができませんか?この状況で自分のことを想像し、そしてこう言ってみます。「私と同じだね。」 あるいは、ストレスを感じるとき、こんなふうに思いだしてみます。「他の人も私と同じようにしんどいんだ。私はひとりじゃないね」「病気は人生の一部なんだよ」「人間だったら、まさに今はこんなふうに感じるものだね」 自分への優しさ: 手のひらを胸か、どこか身体で気持ちよく感じる場所に置いてみます。手を触れることで不安を少し鎮めることができます。まさに今、ウイルスのことについて、自分を慰めたり安心できたりするような、自分に必要な言葉は何でしょうか?その言葉を自分で実感することができますか?温かくコンパッション(思いやり)のある声で、自分にその言葉を語りかけることができますか?自分を守るために必要な行動は何でしょうか?自分に何かを与えるために必要な行動は何でしょうか?こうしたことを温かみのある態度でやると少し元気になれますか? この実践をおこなって、リラックスし、コンパッションのある気持ちになれるかどうか、あるいは自分がポジティブな行動をとろうと前向きに思えるかどうかに注意してください。紅茶を味わって飲む、お風呂に入るなど、セルフケアの行動を毎日おこないながら、自分がコンパッションのある気持ちをもてるような方法をなにか探してみてください。 どんな危機もそうであるように、新型コロナウイルスもまた一つの意味を持った機会なのです。 例えばウイルスが人間生活に課した制約から、私たちは意味のある教訓を知ることができます。つまり、日々慣れ親しんだことから抜け出すという機会なのです。家族と一緒の時間をもっと過ごしていますか?長い間じっと眺めているだけだった本を読むいい機会ではありませんか? もっと具体的な話をしましょう。こんな教訓もあるかもしれません。2016年のことです。クリスはシドニー国際空港に戻ろうと、タクシーに乗りました。クリスはインド出身の年配の男性ドライバーに、当時のアメリカの政治状況についてどう考えているのか聞きました。そのときにドライバーの語った言葉は、今でも忘れられません。 「人間の歴史とは、拡大と縮小を繰り返しているんです。でもね、拡大の歴史は縮小のそれより長いんですよ。」 クリスは聞きました。「なぜ拡大の歴史が長いんですか?」 ドライバーの答えはこうでした。「そりゃ、人間は拡大するのが好きだからですよ。」 グローバリゼーションによって、年々、新型コロナウイルスのような脅威が高まってるだけのように思われます。この状況の中で、私たちの導くままに、私たちの創りたい世界とはどういうものなのでしょうか?人間とは、新たな困難のひとつひとつに偶然にも直面すれば、拡張したり縮小したりするのでしょうか?コンパッションとともに生きることに、グローバルに関わっていけるのであれば、さまざまな力を発揮できるでしょう。セルフ・コンパッションはそれを始めるための優れた方法であるように思えます。やってみませんか? (訳;富田 拓郎) 出典: https://centerformsc.org/self-compassion-and-covid-19/

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Definition of Self-Compassion – セルフ・コンパッションとは

MSCは、MBSRと同じく仏教の教えを元に、しかし宗教的な要素を とりいれずに作られたプログラムです。両プログラムとも仏教や瞑想を教えることを目的としたプログラムではなく、また心理療法やカウンセリングでもありません。 MSCには特に「癒す」要素が多く入ったプログラムですので、このプログラムを受講すると、うつ病が治った、不安症が低減した、家族との関係が良くなったなど、様々な生活改善を及ぼす効果が出ることは確かです。 MSCは困難な状況に陥った自分自身と向き合い、その対応に必要な、感情的な資源、スキル、強さ、包容力を育むことを目的とし、その育むプロセスを重視しています。 MSCプログラムを作り上げた二人の博士のうちの一人、クリスティン・ネフ博士は、セルフ・コンパッションについて三つの要素をあげて説明しています。(参照: Center for Mindful Self-Compassion) この三つの要素についての要約をご紹介する前に、マインドフル・セルフ・コンパッションの、言葉と背景について少し説明を付け加えたいと思います。 マインドフルネスという言葉は、Mindfulnessをカタカナにしたものですが、このMindfulnessはサンスクリット(パーリ語)でのsatiを訳したものです。このsatiの意味は、漢語で表すと「念」です。また仏教の実践においては「正念」で、八正道の一つです。つまりマインドフルネスの意味は、「念」や「正念」として、良い悪いなどの判断、価値観を加えずに、気を向ける、気づく、また、物事をそのありのままの姿で受け入れる、ということを意味します。 コンパッションは、Compassionを訳すと慈悲心、思いやりとなります。ここでのCompassionはサンスクリットのkarunaの訳で、この背景にも仏教の四無量心「慈、悲、喜、捨」があります。ダライ・ラマの言葉を紹介すると「Compassion is the wish for all beings may be free from suffering.」「全ての人へ、自身からの苦しみがなくなりますように」という願いの要素を含みます。 セルフ・コンパッションの三つの要素 自分への優しさ (Self-Kindness) 辛い思いをして苦しみ悩んでいる自分に対して、大切な友人へと同じように、優しい気持ちを持って対応をする、その要素がセルフ・コンパッションの要素の一つです。 セルフ・コンパッションを持つ人は、失敗や自分の不完全、不十分さは、人間として無くせない、避けられないことと理解します。 この現実を認められないと、苛立ち、自己批判をする要素が増加します。この人間として避けられない現実を、思いやりを持ち、優しい気持ちで受け入れらると、「平静」な状態につながるのです。 共通の人間性 (Common humanity) 不完全な人間としての自己経験を、人間として当たり前、逃れられない、とみなし、自分だけではなくみんな同じように辛い思いをするんだと捉えることができる、共通の人間性、これが二つ目の要素です。 失敗をしたり、困難な状況の中で苦しんでいる時に、何か誤ったことをしてしまったとか、こんなはずではない、と感じ、自分にどこかおかしなところがあるのではないか、とアブノーマルを感じることがあるかもしれません。セルフ・コンパッションを持つ人は、そんな時に「自分だけでない」と孤独感とは逆で、周りに目を向けることができます。 マインドフルネス (Mindfulness) 自分自身の感情的の傷みに優しく対応するためには、まず自分が苦しんでいると、知る(認める)必要があります。マインドフルネスは自分の傷みに目を向けて、苦しんでいる状態の自分をありのままに受け入れる、この要素が三つ目のセルフ・コンパッションの要素です。 マインドフルネスはバランスのとれた「気付き」「認知すること」。自分が感じていることを抑えようとしたり、無視しようとしたりせず、また自分の置かれた状況に対して、ドラマティックに、過激に反射行動しないことに繋がります。

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Tale of Two Wolves – 二匹の狼の話

毎日の生活の中で、色々なことがあって、考えて、それに伴い様々な気持ちや感情が沸き上がります。ストレスが避けられない場合も少なくありません。 そんな時、自分がどう感じるか、どんな気持ちでいるか、ということには、実は「選択の道」があるんだ、っていうことを、忘れないでいたいと思います。 嫌なことがあって怒りを感じるのは当たり前です。怒りを感じることも大切なことです。ただ、その怒りに、よりエネルギーを与える価値はあるでしょうか。 MBSRのクラスで紹介するお話の一つに、「二匹の狼の話」があります。インディアンチェロキー族に伝わるお話の一つです。 あなたはどちらの狼にエサを与え続けますか。。。   二匹の狼の話 ある晩インディアンチェロキー族の老人が、孫に、人々の心の中に起こる闘いの話をしていました。 「この闘いは我々の心に住む2匹の狼の闘いなんだ。 一匹は悪を象徴する。恐れ、怒り、妬み、悲しみ、後悔、欲、傲慢、自己憐憫、罪悪感、恨み、劣等感、嘘、うぬぼれ、優越感、エゴ。 もう一匹は喜び、平和、愛、希望、分かち合い、安らかさ、謙遜、真実、思いやり、信頼の象徴だ。」 孫はちょっと考え込んでいましたが、やがて老人に聞きました。 「どっちの狼が勝つの?」 老人は答えました「エサを与える方が勝つのさ」。   原文:Tale of Two Wolves ONE EVENING, AN ELDERLY CHEROKEE BRAVE TOLD HIS GRANDSON ABOUT A BATTLE THAT GOES ON INSIDE PEOPLE. HE SAID “MY SON, THE BATTLE IS BETWEEN TWO ‘WOLVES’ INSIDE US ALL. ONE IS EVIL. IT IS ANGER,… Continue reading Tale of Two Wolves – 二匹の狼の話

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Mindfulness and Negative Thoughts – マインドフルネスとネガテイブな思考

MBSRを生み出したジョン・カバットージンからの力強いメッセージが、オプラ・ウィンフリーのスーパー・ソールTVで紹介されています。 (ビデオのリンク) 以下は上記ウェブページの要約です。 大きな夢を持つことが、自分の人生に長くポジティブな影響を及ぼす。ネガティブな思考は大した思いじゃない。 私たちは日頃常に、既に在るものではなく、自分に欠けているものに関しての物語に焦点をあてて生活をしていることが多い。「どれだけ自分が惨めであるか、どれだけコレやアレが必要か、どれだけお金が必要か、もっとコレが必要、あれが必要、もっと健康な身体が必要か、など。ある程度まではどれも真実であろうが、それ程大した物語ではない。どんなにあなた自身に間違いがあったとしても、実際のところ、あなたには正しいことの方が多いのだよ。通常『自分には正しいことの方が多い』という思考はレーダーには入ってこない。でも自分自身に思い出させてごらん、どれだけ自分には正しいことがあるか、これが瞑想のプラクティスだよ」。 ネガティブな思考がなかなか無くせないのであれば、シンプルなビジュアルなエクササイズを試してみるといい、とジョンは言う。 ネガティブな思考回路に気付いたら、石鹸の泡がフット消えてしまうと同じように、ネガティブな思考もフット消える石鹸の泡、ネガティブな思考は「あなた自身」ではないということ、そこにあるのは「ネガティブな思考への『気づき』」なのです。

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Autobiogaphy in Five Short Chapters – 五章の自叙伝

MBSRとMSCのクラスでは、毎回様々な詩や名言をクラスの中で紹介します。この詩はクラスが始まってから間もなく読み、またセッション4か5、または最後のクラスで読むことが多い詩です。 人生色々な道があって、そして色々な道を歩いているような気がするのですが、ふと気づくといつもと同じ道にいつの間にか歩いていた、同じ自分と、同じような問題とまた対面して悩んでる、そんなことも少なくないような気がします。 問題に対面したり困難な状況に陥った時に、自分の今の場所、この詩の中で何章目かな、って確認してみるのもいいかもしれません。 原文:Autobiography in Five Short Chapters by Portia Nelson 五章の短い自叙伝 第一章 道を歩いていたら 道の脇に深い穴が開いています 落っこちてしまいました どこにいるか分かりません 絶望的です でも自分のせいではありません 長い時間をかけてやっと出口を見つけて這い上がりました。 第二章 同じ道を歩きます 道の脇に深い穴が開いています 見て見ぬ振りをしました また落っこちてしまいました また同じ場所にいるなんて信じられない でも自分のせいではありません 今度も長い時間をかけてやっと這い上がりました。 第三章 同じ道を歩きます 道の脇に深い穴が開いています そこにあるって分かっています また落っこちてしまいます、癖なんです 目をはっきり開けてるので、自分が何処にいるか分かっています 自分のせいです すぐにその穴から出ます。 第四章 同じ道を歩きます 道の脇に深い穴が開いています その穴を避けて歩き続けます。 第五章 私は別の道を歩きます。

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マインドフルネスと認知行動療法の効果

(米国医師協会のジャーナルに発表された研究発表についての記事を要約してみました。誤字脱字や翻訳表現に誤りがあると思いますが、意図は掴んでいただけると思います。) マインドを使ったセラピーで腰痛を和らげる (原文:Mind-Based Therapies May Ease Lower Back Pain by Roni Caryn Rabin) 6500万人のアメリカ人が慢性の腰痛で苦しんでいます。その内の多くの人たちが、理学療法や鎮痛剤の服用、そして注射など、様々なことを既に試したと述べています。 今回新しい研究調査の結果、多くの人たちが痛みの対応に瞑想を行い、それが痛みの緩和に役立っていると報告しています。 このテクニックは「マインドフルネス・ストレス低減法」と呼ばれ、瞑想、ボディスキャン、そしてヨガを通して、アウェアネス「気づくこと」を向上させ、身体の痛みまたは感情の傷みが伴う経験を「受け入れる」ことに集中したプログラムです。 これまで認知行動療法を受けた人たちが、痛みの緩和に役立っていると報告されていますが、今回の調査では、瞑想を習った腰痛を持った人たちは、認知行動療法を受けた人たちと比べて、より多くの人たちが身体の動きに改善が見られた、良くなったと述べています。瞑想をすることを当てられた人たちと、認知行動療法を受けることを当てられた人たちは、それぞれ週2時間のセッションを8週間受けました。6ヶ月後、瞑想を受けた人たちは、椅子から立ち上がること、階段を登ること、靴下を履くことが、より楽にできるようになったと報告しており、苛立つことも少なくなり、家に閉じこもったりベッドに横たわることを求めることが少なくなりました。彼らは一年後にも同じような改善の状態であることを報告していました。 これらの調査結果は、モルヒネ入りの鎮痛剤に関しての問題、薬の過量服用による死亡の増加に関しての問題が挙げられている中で、今回報告されたものです。この調査を始めた際に、11%の人たちが、痛みを和らげるためにモルヒネ入り鎮痛剤を一週間前に服用していたと述べ、この調査中にも続けて服用しても良いと許可されていたと報告しています。 ジョンホプキンズ医科大学のゴヤール医師は次のように述べいています「この新しく発表された研究は大変エキサイティングなニュースである。何故なら、このテクニックは医薬品を一切使用せず、薬から受ける副作用がないからです」。 ゴヤール医師は腰痛を持つ患者を多く診ています、そしてその中には、痛みの緩和方法の中でもう既に試すものが他には何もなくなった時に、大変落胆する患者がいるということにも触れており、「このテクニックがみんなに役立つことはないかもしれません」と述べています。腰痛を持つ人たちの中には、ヨガをすることが苦痛だと感じる人もいるからです。「しかし、自分のマインド、意識を使って自分自身に役立つことをしたいという人には、このテクニックは非常に湧活的なことと感じるでしょう」。 3月22日の米国医師協会のジャーナルに発表された研究発表の最も力強い点として、調査対象人数が342名という、20歳から70歳にわたる多数の患者を対象としたことが挙げられます。342名の患者はそれぞれ、マインドフルネス・ストレス低減法、認知行動療法、そしてこれまでと同じ対処法(鎮痛剤使用など)を続ける、というこの三つの方法に割り当てられました。 プログラム開始してから6か月後に、瞑想を行った参加者の内61%の人たちが、自分の動作に改善が見られると述べ、認知行動療法を受けた内58%が改善、これまでと同じ対処法を続けていた参加者の内44%が改善を経験したと述べています。 「痛みを厄介と感じる」という点に関しては、認知行動療法を受けた46%が改善を報告しており、瞑想を受けたグループは45%でした。これまでと同じ対処法を続けていた参加者の中では27%の人たちだけが、改善したと述べており、瞑想と認知行動療法による対処法の大きな影響がここに明確に表れています。 この調査をリードしたシアトルのヘルス・リサーチ団体のダニエル・チャーキン博士は、これらのプログラムによるベネフィットには限りがある、しかしそれは驚いたことではない、と述べいています。「万能薬ではないのです、理由が明確でない腰痛の対処に改善がみられることはあまりありません。」ある特定の対処法に効果を味わう人たちもいれば、全くその対処法が役立たないと言う人たちもいます。だからこそ多くの選択肢があることを伝えることが重要なのです。 マインドフルネス・ストレス低減法は1970年代にマサチューセッツ州の物理学者ジョン・カバット・ジン博士が、アメリカ人対象に仏教の瞑想プラクティスを用いて作られたプログラムです。目的は瞑想をしている人が自分の体験していることに対しての気づき「アウェアネス」を向上させ、その体験が「自分自身にどのように影響を及ぼしているか、体験自体にどのように対応しているか」ということに意識を向けることです。チャーキン博士は「マインドセット(思考態度)を変えて、痛みと友達になってみる、痛みが「抑圧している」と捉えない状態、そのような状態をもたらすことが目的といってもいいでしょう」と付け加えています。  

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Mindfulness and Pain – マインドフルネスと身体の痛み

マインドフルネスを学びプラクティスを始めてから、色々な変化がありましたが、その一つが身体の痛みに対しての自分の対応の仕方です。 昔から腰痛や肩コリで悩まされていますが「あ〜痛いな、嫌だなあ」っていつも思っていました。この「嫌だなあ」にエネルギーが注がれて、頭の中でどんどんネガティブなストーリーが作られて、自分の意識は「嫌だなあ」という思いに固執していたような気がします。 マインドフルネス・プラクティスでは、身体の痛みに気づいたら、この「痛いの嫌だなあ」という思いにも気付くと同時に、そこにエネルギーを注ぐ代わりに、「今日の痛みはどんな痛みだろう」と、身体の声に耳を傾けるよう、意識をシフトします。これは意図的に行うこと、これがプラクティスです。 ご自分のお子さんに「○○が痛い」と言われたら、「どんな風に痛いの?」と、その痛みの具合を知りたい、分かりたい、という気持ちが湧き上がると思いますが、それと同じです。 「痛み」にまとわりつく様々な思いが、こみ上げる時もあるかもしれません。そのような自分の状態に気付き、そこから色々なことを思い巡らすのではなく、痛みを「痛み」だけとして捉えられたら、例え痛みが無くならなくても、不思議と自然に楽な気分になるのです。 約2年半前にサイクリング中の事故で右の骨盤にヒビが入り、そして約2ヶ月半前にまたもやサイクリング中の事故で、今度は左の骨盤の数カ所を骨折しました。 なので今は毎日身体の痛みが絶えません。鍼治療、カイロプラクティック、アロマセラピー、そしてヨガと、色々なことをしています。 「あ〜この腰の痛みが無くなればなあ」という思いも勿論湧き上がります。でもマインドフルネス・プラクティスのお陰で、この痛みにストレスを感じることはあまりありません。 DharmaティーチャーのShinzen Youngが、痛みと辛さの関係ついて、以下の方程式を使って表現しています。 Suffering = Pain x Resistance 痛みに対して「嫌だなあ、この痛み無くなればいいのに」という拒絶心や抵抗があると、辛さは倍増する、ということです。 痛みが無くなればいいのに、という思いは自然な反応です。なので否定することはありません。ただその思いに固執しないようにする。固執しないようにするには、身体の痛み自体に意識を向けるのです。身体の声に耳を傾けて、どう感じているか、どんな具合か、優しい気持ちを持って意識を向けることで、楽な気持ちをもたらすことができるようになってきます。

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Mindfulness in Daily Life – 日常生活でのマインドフルネス

先週の金曜日に、AALA交流会でマインドフルネスのご紹介をさせていただきました。 集まった35名とスカイプ参加の5名の繋がりはみなアロマセラピーですが、 アロマセラピストの他、ヨガインストラクター、マッサージセラピスト、 リフレクソロジー、キネシオロジーなど、色々な分野でみなさん活躍しています。 私が、この交流会主催の亜希子さんと知子さんと出会ったのは2013年の秋。 夏にサイクリング中の怪我で右の坐骨にヒビが入り、その痛みを和らげるために、 自分で何か学んでできないか、その時探し求めて見つけたアロマセラピー・アドバイザーコース。 アロマセラピーの歴史、精油の種類や効果など、そして実践のセッションは貴重な体験でした。 丁寧に優しく心を込めて教えてくださった、お二人の姿勢が今でも忘れられません。 その後サンディエゴでアロマセラピーの活動をされている、 奈津子さんと和子さんが開催する月一回のアロマセラピー・クラフトに参加。 そこでアロマセラピーを日常の生活に入れて楽しむことも学びました。 私が教えているマインドフルネスも同じような気がします。 今マインドフルネスが日本でも広まってきているので、サーチすれば山のような情報が日本語で得られ、 どういうものか、ということは何となく学べるはずです。 ただマインドフルネスが本当にどういうものかを知るには、やはり自分で体験してみないと分かりません。 レストランに行ってメニューを見て、材料とその説明を読んで、 おそらくどんな味がするのか想像できますが、 やはり食べてみないと、その料理の本当の味は全く分かりませんし、 その料理を味わう体験こそが、真の楽しみに繋がるのだと思います。 マインドフルネスのフォーマル・プラクティスには、 瞑想、ボディスキャン、マインドフルムーブメント(ヨガ)などがありますが、 一人でマインドフルネスを試してみようと思うと、瞑想も最初は大変と思ってしまうかもしれません。 もしそうであれば、日常生活の中でできる、インフォーマルなプラクティスを始めてみてはいかがでしょう。 例えば髪の毛を洗っている時、食器洗いをしている時、 朝起きてコーヒー飲んでいる時など、毎日の簡単な作業や日課に、 五感を使って意識を意図的に向けて、その一瞬一瞬を体験してみるのです。 コーヒーを飲むのであれば、まずコーヒーカップの温かさを手に感じてみる、 コーヒーの香りを嗅いでみる、コーヒーを口に入れた時に、舌、口の中でどんな味がするか、 どんな感触か、そしてコーヒーが喉を通る時にも、その流れを感じてみる。 コーヒーがスーッと体の中に流れていく。そしてその時にどう体の中で感じるか気に留めてみましょう。 このようにコーヒーを飲んでみると、いつもとは別の体験をして、 何か気づき、発見があるかもしれません。   *お知らせ:3月にサンディエゴで、マインドフルネス&ヨガ・ワークショップを開催いたします。 詳細は次のブログでご紹介いたします。

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ホリデーシーズンを迎えて

サンクスギビングデーも過ぎ、残りはクリスマスとニューイヤー。 昨年のサンクスギビングの日に父が亡くなったので、年末の様々なイベントやお祝いが、今年も少々苦痛に感じています。 11月初めに日本に戻り、親戚と共に実家での追悼式、母の通う教会での追悼式に参加し、富士霊園でのお墓参りをしてきました。こちらに帰ってきてから10日ほどでサンクスギビングとなったのですが、時差ボケで辛い中仕事に行き、旅行の疲れもたまってたので、サンクスギビング休暇は、ただただゆっくり休みたいと思っていました。 しかし、サンクスギビング休暇中に、2度も知り合いの家で大勢集まっての食事に参加。政治の話に花が咲き、みんなが盛り上がっている中、ぐったりと疲労を感じ、ああやっぱり来なければ良かったと実は思ってしまいました。 日本では仏教の「喪に服す」習慣があるのですが、こちらキリスト教ではありません。(ユダヤ教の方々は仏教と似たように、しきたり、習慣があるようですが。) 実際は、「喪に服しているので、これはできない、あれには参加できない」などと、しきたりごとのようにとられているかもしれませんが、今回サンクスギビングデーが近づいた時に、この「喪に服す」という習慣があればいいな、と思ってしまいました。 お祝いする気分では全くないのに、参加しなければならない。行きたくないと言って主人を一人で行かすこともできない、そんな気持ちで参加したので、やっぱり案の定、疲れただけでした。 ホリデーシーズンに家族や友人を亡くすと、世界中がお祝い気分でも、そんな気分になることはできません。街はクリスマスの飾りでいっぱい、お店に行けば陽気なクリスマスの歌と、クリスマスのデコレーションで溢れ、テレビをつければクリスマスショッピングの宣伝ばかり。そんな陽気な気分に全くなれない自分にイラついたりもします。 マインドフル・セルフ・コンパッションの瞑想をしていて、こんな時こそ、自分に優しくする必要があるのだなっと実感しました。 家族や友人の死別で深い悲しみを感じている時、自分に一体何が必要なのか、それは人それぞれです。悲しい時にパーティーなどに参加し、大勢の人と接して気分が明るくなる人もいるでしょう、逆に一人で静かに過ごしたい人もいるでしょう。 自分が今一体何を求めているのか、心の声に優しく耳を傾けて、自分の今必要としていることを実際にしてみるといいのだな、とまた改めて感じました。 今の状態の自分でいいのだよ、問題ないのだよ、と受け入れらる自分の存在が大切なんです。

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マインドフル セルフ コンパッション集中講師トレーニング

Mindful Self-Compassion Teacher Training マインドフル セルフ コンパッション(MSC) 6日間の集中講師トレーニング 6月初めに、マインドフル セル フコンパッション(MSC) 6日間の集中講師トレーニングに参加しました。 約50人が世界各国から参加。 参加者の半数以上は、心理学者、臨床心理学者、心理カウンセラーの方たち。 そして私のような一般人、マインドフルネスを知り、個人的に強く感動を受け、 マインドフルネスを他の人とシェアしたい、教えてあげたい、 という希望を持つ人たちも多くいました。 昨年初めてこのMSCトレーニングに参加してから、 私は自分の「人生の道」みたいなものを見つけたような気がしました。 トレーニングで受けた強い感動が、転職を決心し行動に移す引き金となり、 そして今の職場、カリフォルニア大学のCenter for Mindfulnessで働くことに繋がりました。 MSCトレーニングは、自分に優しくすること、 それを頭で理解するのではなく、身体で心で感じられるようになるトレーニングです。 このトレーニングは欧米カナダで広がっており、 また韓国、上海などアジアでも教えられるようになりました。 辛い思いや悲しい思いを感じている時に、自分を「苦しみ」から解放する、 それが自分自身にとっても、周りの人にとっても、 人間として生きていく為には大切なこと。 “For someone to develop genuine compassion towards others, first he or she must have a basis upon which to cultivate compassion, and that basis is… Continue reading マインドフル セルフ コンパッション集中講師トレーニング